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| ヲ江戸城築城に使われた「刻印石」ヲ 徳川家康は江戸城(現在の皇居)の基礎となる石の大部分を伊豆から運ばせました。伊東はその中心的な場所にあたり、いたる所に大名の石切場が置かれ、村の人口の数倍にもあたる作業員がきていた村もありました。宇佐美の離山の石切り場もその時のもので、周辺には数多くの刻印石も残っています。 多い時には3000もの船が、月に2度づつ江戸と伊豆を往復したといわれています。伊東にも大きな影響をおよぼしたと思われますが、具体的な内容についてはよくわかっていません。 ●刻印石について 「刻印」を「石垣にノミで刻んだしるし」で「刻印石」と称します。 採石された石には、「刻印」が刻みつけられることが多く、この刻印が助役大名を決める決め手として重要でした。 |
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